Apr 26, 2010
注文住宅は楽しみが多い
注文住宅は、期待感が多くの多くの面で家族の会話が弾み、また設計担当の方や工務店さんは、内臓器官氏やその他本当に色々な方々と話をする機会が生。注文住宅は、住宅を作るが、それだけでなく、一生の付き合いになるかもしれないウォン我々生まれます。普通の人に家の建築は、一生に一度です。一生の付き合いが必要ですね。外壁塗装をしっかりとしていましょう。かなり忘れやすいことが多いです。建物を維持するためには、5年に一度は外壁塗装をする必要があります。外壁塗装をして、以下の材料の劣化防止への接続を引っ張っては、建物自体の寿命を延ばす効果があるのです。実際には基材が劣化した後にはまた後の祭りです。
東京電力福島第1原発の事故を受け、多くの人は「原発は怖い」と感じているだろう。しかし原発で働く労働者の実態はあまり知られていない。
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“宇宙服”のような作業着を着て、マスクをする労働者たちは、一体どんな仕事をしているのだろうか。38年間、原発を追い続けてきた報道写真家の樋口健二氏が、労働者の実態を語った。
※本記事は6月4日に開かれたシンポジウム「そこで働いているのは誰か――原発における被曝労働の実態」の講演内容をまとめたものです。
●原発は公害
高度経済成長期、日本はものすごい勢いで成長していった。しかしその一方で、公害問題が起きていた。海も、空も、あらゆるところを汚しまくっていた。私は四日市などで公害問題を取材していたが、「もうこれでやめよう」と思っていた。ところが、日本中に公害があることが分かった。そして公害問題を追いかけていくうちに、原発にたどりついたのだ。
私は、原発というのは「公害の扱いにしなければいけない」と思っている。なぜ公害の扱いにしなければいけないかというと、原発で働く労働者が救われないからだ。
1989年4月1日までは「原発労働者に1日1ミリシーベルト以上あびさせてはいけない」ということになっていた。また3カ月で30ミリシーベルト以下としていた。しかし閣議で「年間被ばく線量の限度は50ミリシーベルト」と決まった。私は労働者を150人ほど取材してきたが、50ミリに達した人はほとんどいなかった。それでも健康被害に苦しんでいる人はたくさんいるのだ。
●本当の悲劇が始まる
原発での労働形態はどのようになっているのかをご存じだろうか。まず原発があって、その下に元請け(財閥系)、下請け、孫請け、ひ孫請け、親方、日雇い労働者と続く。東電の社員は基本的に原発の中で作業をしないが、事故後には入っている。なぜか? それはマスコミが労働者の被ばくに注目したので、自分たちが入らざるを得なくなったのだろう。
また外にあった緊急用の発電機が壊れてしまったので、これを修理しなければいけない。これが動かないと、冷却水が回らないので、東電の社員が原発で作業をしているのだ。
今、労働者はとんでもないところに突っ込まれている。緊急作業時ということで、被ばく線量の上限を250ミリシーベルに設定した。私は、この環境で作業をしている人たちは5年〜10年後に全員死んでしまうと思っている。本当にそう思っている。
また東電は事故を収束させると言っているが、誰が作業するのだろうか。私は、事故を収束させるのには、東電の社員が入るしかないと思っている。しかしそうなれば、東電の社員がいなくなるので、結局は下請け労働者が作業をしなければいけなくなるのだ。つまり、本当の悲劇はこれから始まるのだ。
下請け労働者たちはどのような仕事をしているのだろうか。私が取材したところ「放射能除染作業」が最も多く、その仕事内容は雑巾で床をふきまくるというもの。このほか「ランドリー(洗濯)」「パイプ補修」「パイプ掃除」「スラッジ(ヘドロ)かい出し」「廃棄物処理・運搬」など300種類以上の仕事がある。
●原発に、黒人がいたのだ
原発の労働形態を見ると、東電の下に下請けや孫請け、ひ孫請けなどが作業をしているが、なぜマスコミは下請けのことを「協力企業」と呼ぶのだろうか。また末端には日雇い労働者がいるが、ここには暴力団が食い込んでいる。なのにマスコミは「仲介業」という言葉を使っている。原発というのは日本の底辺労働者を使い、彼らを“ぼろ雑巾”のように捨ててきた歴史があるのだ。
この底辺労働者というのは、農漁民、被差別部落民、元炭鉱労働者たちが多い。また最近では、大阪の寄せ場にいる人たちをだまし、原発に連れて行ったことが明らかになった。
原発で働いてきたのは日本人だけではない、実は黒人もいたのだ。1977年7月、私は敦賀原発を取材した。早朝、原発に行ったところ、たまたま黒人と出会い、彼らの写真を撮影した。写真を撮ったので、電力会社側も認めざるを得なくなった。担当者に「黒人は何人来ているんですか?」と聞いたところ、「60人」と答えた。多くの黒人たちは、米国のGEの下請けを通じて、観光ビザで2〜3週間ほど働いていたのだ。
その後、神奈川県出身で衆議院議員の故・草野威(くさの・たけし)さんの秘書から連絡が来た。「草野が国会質問をしたい。そのために樋口さんに協力してほしい」と。そして草野さんと一緒に敦賀原発を回り、さらにGEの下請けが東京に拠点を構えていたので、そこに行って「原発で黒人が働いている」という裏づけも得た。
草野さんは国会で「黒人が被ばくしているかもしれない。これはやがて国際問題にも発展するのではないか」などと質問した。しかし旧通産省などの局長は「それは知りません」「来ているわけがない」などと答えたので、草野さんは黒人の写真を出さざるを得なくなった。写真を提出したところ、共同通信を通じて、全国の地方紙に掲載された。私が撮影した黒人の写真を見て、局長たちも認めざるを得なくなったのだ。
私が撮影したのは「米国系の黒人」。埼玉大学の教授は「福島原発に250人、島根原発に100人の黒人が来ている」とも言っていた。
日本の電力を支えてきたのは底辺労働者と黒人たち。この事実を多くの人は知らない。私は「原発での被ばく労働者をなくさなければいけない」と思っている。そのためには原発をなくすしかないのだ。
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